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カティンの森:アンジェイ・ワイダ [Cinema]

アンジェイ・ワイダはこの映画を作りたいがために、映画を作り始めたそうだ。
「カティンの森」とは、ソヴィエトの捕虜となったポーランド将校の約1万人(正確な人数がわからない)が、1940年にソヴィエト軍(赤軍)により銃殺された事件で、戦後ソヴィエトの衛星国となったポーランドでは、1990年にゴルバチョフがソヴィエトによって起こされた事件であると認めるまでは、この事件に触れる事はタブーとされていた。
映画では、この事件の捕虜となった将校と、その家族の両方からの視点で語られる。
この事件がポーランド人に及ぼした様々な影響(帰還できた者、残された家族、大学のありかた、墓碑銘)のひとつひとつを丁寧に、そしてわかりやすく描かれている。

この映画を見ながら、ふと思うのは、ポーランドでいまだに民主化が行われていなかったら、はたしてこの事件を多くの人が知る事ができただろうかということ。
そして、その状態が後30年続いたとしたら、歴史に語られる事もなく忘れられてしまったかもしれないと言う事。
現在、ドイツは大戦の敗戦国であり、ソヴィエト連邦はすでに解体している。
それらの条件が揃い、映画化する事ができた。
敗戦もせず、解体もされていない国が犯した犯罪は、もしかすると歴史に刻まれる事もなく、消え去る可能性もあるかもしれない。
弱体化した国の犯した犯罪は明るみに出やすいが、そうでない国の犯した犯罪は出にくいんじゃないかと思うのだ。
戦争をしている以上、潔癖である国があるはずもない。
このカティン事件は、ナチスが犯した事件でもなければ、共産主義者が犯した事件でもなく、人間が犯した犯罪なのだ。

<何気なく思った事>
カティン事件の犠牲者は1万人を超えると言われているが、昨年の日本の自殺者は3万人を超えている。
背景が全然違うので比較する事自体ナンセンスだと思う。
しかし、カティン事件の被害者の1万人という数字に驚き、それよりも多い3万人と言う数字にそれほど驚かないのはなぜなんだろう
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アバター:J・キャメロン [Cinema]

2Dで見ました。
なんだかどこかで見たようなエピソードが続く映画だったなぁ。
結局は暴力で解決しましたって所が、毎度の展開。
ま、あの場合は、それも致し方ない事なんだけど、もうちょっと違う展開ってないものかと思いました。
正義がどちらにあるかという事よりも、暴力を肯定している展開がやぱやだなぁと思うわけです。
このあたりは、いつまでたっても銃規制が行われない、問題解決には暴力も辞さないというアメリカの魂(?)なんでしょうか?
それにしても、その後、パンドラになにが起きるのかというのも気になってしまいます。
このまま地球人がやってこないとは思えませんもんね。

人物描写が浅いところも気になります。
主人公がはじめてアバターに移った(?)エピソードも、脊髄損傷な彼が自由に歩き回れてうれしいなという所をもう少し見せてほしかったかな。
たとえば、なにかに向こうずねをぶつけてイタタのはずなのに、彼はそれを喜んでいるとかさ。
そうすることで、彼のジレンマもより伝わるんだけど。
タバコをくわえたシガニー・ウィーバーも、もう少し世間離れしたエピソードが欲しかった。
研究室でくわえタバコってのも、なんだか中途半端なイメージ。
シガニー・ウィーバーを見てると、I アシモフのロボットシリーズに出てくるスーザン・キャルヴィン博士を思い出した。
今後、アシモフのロボットシリーズの映画でスーザン博士が出てくる時には、彼女を起用してもらいたい。

気に入った台詞は「誰かが欲しいものの上に座ってたら、そいつを敵にして殺して正当化する」。
とてもわかりやすい台詞で、歴史に当てはめてみるとフムフムです。

でも、見てると不思議な感じがする。
ストーリーはさておき、普通映画を見ているとその主人公に感情移入をするんだけど、その感情移入をする主人公がアバターになる(?)。
最初に主人公に感情移入をするんだけど(エピソード的にはちょと弱いんだけど)、そのうちアバターへ感情移入をして行く。
この映画は2重の感情移入をするわけで、ちょと不思議な感じだった。
で、こうして考えると、映画って昔から一種のアバター経験をしてたんだなぁと思い至る。
J キャメロンて、意外な所でおもしろさを見せてくれるよな。

見ていて思い出した事は.....
「ダンス・ウィズ・ウルブズ」、「地獄の黙示録」、宮崎駿のどれか、I アシモフのロボットシリーズ
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ノルウェイの森:トラン・アン・ユン [Cinema]

まずお断り。
もちろん自分はこの映画を見たことがない。
なにしろ公開は2010年秋(の予定)なのだから、現時点(2010/2)で完成しているわけもない。

「ノルウェイの森」と言えば、村上春樹のベストセラーだけど、自分の中ではそれほどでもないんじゃない?な作品。
その作品を、ベトナム系フランス人のトラン・アン・ユンが映画化するという。
まだ完成もしていないこの映画のことをどーのこーの言うのも変だけど、ある意味期待している。
最初に感じるのは日本では外してしまうだろうということ、そして、世界的には(ある程度の)成功を収めるだろうということ。
トラン・アン・ユンと言えば「青いパパイヤの香り」の監督で、自分はすっかりこの映画にだまされてしまったんだけど、この映画には純粋なベトナム人はキャストにいない。
おまけにロケーションはフランスなのだ。
フランス人によるフランスの映画なのだった。
そのフランス人達が、ルーツであるベトナムを主題にする。
そこで感じるのは、いかにもベトナムな空気の映画なのだった。
「あの湿度はやっぱりベトナムだよな」と思ってしまう。
「あぁ、パパイヤの香りがするぜぇ」なんてことまで思ってしまう。
そう、「青いパパイヤの香り」はベトナムに感じるイメージをそのまま映像にした映画なのだった。
これをだまされたと思うか、映画的だと思うかは人それぞれだけど、そんな監督が「ノルウェイの森」を映画化するという。
それは、現代の日本を世界的な視点で見れるってことではないかと思うのだ。
客観的に見る日本。
フジヤマとかゲイシャとかアニメな日本ではなく現代の日本をトラン・アン・ユンは見せてくれるんじゃないかと思うのだ。
日本人には一歩下がって日本を見る機会を作ってくれるんじゃないかと期待している。
この映画を見れば、世界から見た日本が見えるってことだね。
てなことで、ちょと期待。
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アニエスの浜辺:アニエス・ヴァルダ [Cinema]

アニエスってかわいらしい人だなぁ。
この映画の中で彼女は80歳の誕生日を迎えるけれど、まるで10代の女の子みたいだ。
この映画を見ると彼女の交友関係(?)がわかり、それはそのまま戦後のフランス映画界の歴史を見ているみたいだ。
ジェーン・バーキンの名前が出た時は、ふたりがどうしても結びつかなくてほぇ〜なんて思ったし、ハリソン・フォードが登場した時には、ものすごーくびっくりした。
もちろん彼女の最愛のジャック・ドゥミも出てくる。
ウォーホルも、ゴダールも出てくる。
彼女のその広がりは彼女の魅力がつないでるんじゃないかという気がする。
それにしても彼女みたいに年齢を重ねていく事ができるのなら、人生はどんなに豊かだろう。
正直うらやましいです。
彼女を見ているだけでも、また彼女の目を通してみる事ができる映画史(?)もすごく楽しい。
この映画を作っている雰囲気は、映画の好きな学生がわいわい集まって作ってる映画に似てるかもしれない。

と、彼女の魅力に捕われたひとりではあるけれど、はじめて見た彼女の映画「冬の旅」が自分にはあまりにもきつくて、この監督には耐えられないなぁと思っていた。
機会があればもう一度「冬の旅」を見直したい。

ちょっと気になる女性だ。
フランス映画の好きな人は要チェックね。
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母なる証明:ポン・ジュノ [Cinema]

ポン・ジュノの作品はこれで3本目。
最初は「グエムル -漢江の怪物-」、次は「TOKYO! シェイキング東京」。
見るたびに、興味のわいてくる監督だな。
今回見た「母なる証明」は、オープニングの異様さから、薬草切りと道向かいにいる息子のシーンの緊張感。
緊張感に溢れるシーンが満載で、ちょっと離れて見るとそんなに緊張感を強いるエピソードではないけれど、映画を見てると手に汗を握ってるかもしれない。
このあたりが上手です。
それから、望遠のショットも大好きです。
「TOKYO! シェイキング東京」では、この撮り方が生きてました。
この映画では母親の出てくるシーンで多用されてました。
それから雨のシーンは期待してたほどではなかったかな。
うわさでは「殺人の追憶」の雨のシーンがすっごいという事だったんで、この監督の作品を見る時は雨のシーンに気をつけてる。
ささやかな伏線も効いてますね。
お話は、最初の10分で語られてるのかもしれないなと思う。
はたして血を流すのは誰か?
全治の印象は、うねるという感じで思いが溢れ出てます。
なんての大波って感じですね(やや、意味不明)。

もう1回見たいかもです。
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正義のゆくえ:ウェイン・クラマー [Cinema]

う〜ん、ハリソン・フォードは違うと思った。
いきなりなんだけど、この映画ってちょっと中途半端な感じがして、なんでかなーと考えたらハリソン・フォードがこの映画の中で浮いている。
「ハリソン・フォード」と言うだけで、「あ、これはハリソン・フォードが演じるマックスのお話なんだな」というイメージが強い。
移民に関するいろんなケースを見せるこの映画の中では彼の知名度が高すぎて、変に浮いてる感じがする。
この映画の中で描かれるケースは全部で5つくらいかな、それだけのケースを扱ってるのに彼が出ると、やっぱり浮いてしまう。
そうそう、オーストラリアの彼女はニコール・キッドマンによく似てて、その背景なんかもそっくりでおかしかったな(劇中でもちょっと言われるけど)。
この映画は、移民の側に立って描かれているけれど、実際はもっと違うはず。
そのあたりの一方的な描き方が、なんだかつまらない。
まるでFBI捜査官が血も涙もない人みたいじゃないか。
それでもマイノリティ(マックスもある意味マイノリティだと思うんだよね)の側に立つという視点は、決して嫌いではないけれど。
おそらく移民に関する問題はほんとーに様々で、この映画で描かれているようには単純ではないと思う。
いくつものケースを見せながら、移民の問題を見せているけれど、やっぱりアメリカに移住するってのは個人にすれば大変な事で、その辺りの事情や、それを取り締まる側の事情をもっと深く描けていたらなと思う。
たとえば、僕たちはアメリカに移住しようとかグリーンカードが欲しいというような事はまず考えないわけで、自分の国を去る人間の事情(や心情)をもっと理解する事が必要なんではないだろうか。
そして、それでも取り締まらなければいけない事情もやっぱりあるはず。

個人的に興味があったのは、イスラム教徒の少女の一家の問題で、彼女を罵倒するクラスメートの姿はそのままアメリカの姿勢で、見ていて気分が悪い。
こんなアメリカの姿を見ると、もしかしたらよその国の人間を一番多く殺しているのはアメリカかもしれないのになんて事を考えてしまう。
ちょっと前の記事にも書いた気がするんだけど、9.11の翌日お気に入りだった中華のお店に行くとそこのご主人(中国の人)が、「アメリカではこれを機会にカラードに対する差別は激しくなるんだろうな」と言っていた事が思い出される。
たしかにアメリカは移民を受け入れているけれど、アメリカの各都市にリトルトーキョーやチャイナタウンやその他の(国や)民族ごとの街ができるのはなぜなんだろうか?
移民は、アメリカ人になりきれないからではないだろうか?
もちろん、日本はどうなのかと言われれば、なにも言えない。
こんな映画が作られるほど、移民を受け入れていないからかもしれないし、その問題を映画にするだけの(ある意味)豊かさがないからかもしれない(よくわかんない)。

すっごくおもしろい映画ってわけではないけれど、いろんな事を考えさせた映画だったな。
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ファイティング・シェフ:ホセ・ルイス・ロペス・リナレス [Cinema]

この映画は「ボキューズ・ドール国際料理コンクール」に参加しようとしているスペイン代表の当日までの準備を記録したドキュメンタリー。
スペインはこれまでにこのコンクールに参加するもちゃんとした結果を出せないでいたのだが、今回(第10回)のコンクールで結果を出す事ができるのか?

.............なんて事を書くと劇映画っぽい展開を期待してしまうのだが、これはあくまでも当日までのスペイン代表のふたりの様子がメインなので、コンクールの結果はおまけみたいなものなのだ。
ちなみに「ボキューズ・ドール国際料理コンクール」ってのは、フランス・リヨンで行われている「食品産業見本市」(現在は「SIRHA/シラ国際外食産業見本市」)に集まってくる世界中のプロたちに惹かれたポール・ボキューズって人が呼びかけたコンクールで、1987年に第1回コンクールが開かれた。
ちなみに、ポール・ボキューズって人は、クレーム・ブリュレを今の形にした人(らしいです)。

で、映画なんだけど、なんだか荒かったなぁ。
もうちょっとメリハリのある編集をしてほしかったかな。
とはいうものの、じつは見てよかったと思ってる。
このコンクールや、もうすぐ始まるオリンピックのことを考えると、優勝(あるいは金メダル、あるいは1番)する事が、ものすごく大切な事かのように言われるんだけど、自分は(ひねくれているので)そんな事はどうでも良かったりする。
そんなに1番になる事が大切な事だとは思えない。
1番になってうれしいと思う事は、人より優れていると喜ぶ事なんだけど、他人との比較がそこまで大事だとは思わない。
「参加する事に意義がある」とも思わない。
なんてのかな、競技をもっと自分自身のために楽しんで良いんじゃないかと思う。
オリンピックの代表選手が「日本のために金メダルを取ります」なんて言ってるのを見ると、そこまで背負わなくてもと思ってしまう。
金メダルを取るためにその競技を始めたわけでもないだろうにと思ってしまう。
きっと最初はその競技を楽しみながら始めていたはずなのになと思ってしまう。
その選手はどうしてそんなに「日本のために」を背負ってしまうんだろう?
彼らが試合で自分の力を完全に出し切れれば、充分なんじゃないのかな。
なんてのかな、他人と戦うのではなく、自分のこれまでの記録と戦ってほしいと思うんだよね。
でさ、「ちゃんとやれた」と思えれば良いんじゃないかな。
なんだかさ、競うじゃなくて戦うって感じなんだもん。

....なんて事をこの映画を見ながら、思った。
スペイン代表のふたりを見てると、あんまりスペインを背負ってるようには見えなかったから、そう感じたのかな。
ま、オリンピックほど知名度がないせいかもしれないけどね。
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パンドラの匣:富永昌敬 [Cinema]

予告を見た時からちょっと楽しみだったんだな。
と、すっかり予告にのせられてしまい、本編ではあのリズム感は続かないんだろうなと心配(しながら、楽しみに)していた。
で、本編。
あの頃(1945年頃)の人たちは、あんな話し方をしていたんだろうか。
ちょとまねしたい。
「知るもんか」なんてのも言ってみたい。
「やっとるか」なんてことは言われてみたいし、「やっとるぞ」てなことも言ってみたい。
あーあ、健康道場に行きたいなぁ。
「がんばれよ」「よーしきた」かぁ。
そうそう、「やまやまよ〜、やまやまよ〜♪」(「オルレアンの少女」だっけ?)のシーンてさ、ちょっと前のサントリーのウーロン茶のCFに似てるよね、雰囲気。

映画は器用に作られていて、なんだかこちょこちょっとおかしい。
音楽が良かったなぁ。
ライティングも良かった。
原作は太宰治の「パンドラの匣」で未読なんだけど、かなりデフォルメして作ってんじゃないかなと思うくらい脚色してんじゃないだろうか?
食べたら、さらっと口の中で溶けるような感じの映画だったな。
布団部屋なんてのも出てくるのに全然湿っぽくない。
布団部屋って、もっとジメットとしてて、匂いがするもんなんだろうけど、...........あ、この映画には匂いがないんだ。
フムフム、わかった、匂いのない映画なんだ。
布団部屋のシーンは、それまでとはちょっと違ってたもんね(というか、あれがギリギリの線だったのかも)。

帰りの車の中では頭の中で「やまやまよ〜、やまやまよ〜♪」が聞こえてた。
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脳内ニューヨーク:チャーリー・カウフマン [Cinema]

う〜ん、う〜ん、わっかんない映画だったなぁ。
大好きなP S ホフマンだーと喜んだのは良いけれど、なんだかこっちの頭まで入れ子状態になっていき、わぁいE ワトソンだーと喜ぶ頃には、頭をこれ以上はかしげられないほど、?だった。
見ている位置がはっきり定まらなくて、なんだか昔見た猿の惑星を思い出した(絵を描いている自分、の絵を書いている自分、の絵を描いている自分.......を描きたい)。
でも、そんな混乱した頭の中にもなにかが伝わってきたんだけど、それがなんだったのかを思い出せない。
それはとても大切な事だったように思えるのに、思い出す事ができない。
ずーっと考えているのに思い出せない。

ところで、この映画が初監督作品となったチャーリー・カウフマンなんだけど、これまでに「マルコヴィチの穴」とか「エターナルサンシャイン」なんかの脚本を書いていて、そこではそれを知ってる自分を知りたいというか、今考えてる事をリアルタイムに考えたいというのか、今ある自分をはっきりと意識したいというのか、まぁ要するに「絵を描いている自分、の絵を書いている自分、の絵を描いている.......を描きたい」なわけで、どこまでいっても今の自分に追いつけない。
そんなどうしようもないジレンマを描いているかと思うと、なにも知らない自分がこれからする事を知っておきたいというような、どういえば良いのかわかんなくなってしまうんだけど、自分を眺めているもうひとりの自分を描きたいんだろうなぁ。
カウフマンは、彼自身をどう思っているんだろうかなんて事を考えてしまう。
どうしてそんな事を考えついてしまったんだろうかなんて事も考えてしまう。
彼は彼自身に対しても傍観者でいたいんだろうか?
ちょっと前に「トゥルーマン・ショー」と言う映画があったけれど、カウフマンはトゥルーマンとディレクターをやりたいんだろうか?
自分自身を客観的に見る事は大切だとは思うけれど、カウフマンの場合は客観的ではないくらい(まるで幽体離脱)離れてしまっている。
彼はいつもなにを考えているんだろうか?
........映画の事よりも、カウフマンの方に興味が移ってしまった。
もしかしたら、カウフマンはとても映画な人なのかもしれないな。
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人情紙風船:山中貞雄 [Cinema]

山中貞雄の遺作となった作品。
この映画の封切り当日に平安神宮で壮行会をすませ、中国に出征する。
彼の手帳には「紙風船が遺作とはチト、サビシイ、友人、知人には、いい映画をこさえてください」とあったそうだ。
彼にももっと映画を作ってもらいたかったのだが、この映画が遺作となってしまい彼も残念だっただろう。
つくづく戦争の無惨さを感じた。

この映画は、これまでに見た彼の作品「丹下左膳余話 百萬両の壺」「河内山宗俊」に比べ、トーンが低くリズムも暗い。
紙風船にはもっと軽く宙を舞ってほしかったのだが、ラストの紙風船の行方も山中貞雄の最期を見るようでチト、サビシイ。
あの長屋のどの住人を見ても、山中貞雄のそれまでの作品に登場した人たちのようであるのに、その最期は寂しい。
不本意な死を迎える二人の武士とその妻、意地を通した髪結い。
ラストにも武士の死を見せる事で、オープニングで見せた武士の死の理由を想像せずにはいられない。
この二つの死を、印象的にしているのが長屋の入り口に立つ岡っ引きで、ラストであの岡っ引きを見た時に自分の中でこの映画が立体的になった。
最初は長屋を通行人のひとりとして見ていたのが、すっかり長屋の住人になってしまったかのようだ。
あぁ、それでもにぎやかな通夜であれば良いなと思う。

あの武士の妻の後ろ姿と、ひとりで長屋の戸を開ける光の射し具合が、ものすごく良い。
誰もいない部屋の中に、入り込む陽の光がたまらなく良い。
後ろ姿と光だけなのに、まるで役者が演じるかのように感情が伝わる。
それから、雨のシーンも印象的で、雨にぬれる武士と雨宿りをする白子屋の娘。
あの雨はこれから何かが変わる事をはっきりと伝える。
素晴らしい雨のシーンでした。
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