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貢献できない人 [..........]

うちの近くに住むおばあちゃんが、隣組から抜けたいという。
月々の心細い年金では、隣組の会費を払うのは大変だし、なにしろお世話になるばかりで心苦しいのだという。
そんなことないのになぁと思う。
そのおばあちゃんは、そこに長いこと住んでいて(自分が知っていた時にはすでにそこに住んでいた)、たぶん僕なんかよりも町内会歴は長い。
僕はこの町内会にいるだけで、仕事にかまけて、地域の掃除にも河川清掃にもほとんど出たことはない。
役員が回ってきたときだって、帰りが遅くなるのでとかなんとか仕事を口実に役から逃げてきた。
今日みたいに回覧板を持っていくくらいで、夏のお祭り(や、その準備)にも出かけたことはないし、この町内の人たちのために何かをしたことはない。
おばあちゃんは町内会の役員さんはできないし、お祭りの準備だって(たぶんお得意の)炊き出しもお弁当屋さんに仕事を取られていて、出る幕はない。
でも、小さなちりとりを持って道に落ちたゴミを拾ったり、石垣の草を抜いたりしている。
道で会うと、僕なんかにもちゃんと挨拶してくれる。
たぶんね、そんなことを何十年も続けてるんだから、もうさ、十分貯金はあるんじゃないかと思うんだよね。
これからは、お世話になるばかりでいいと思うんだよね。
隣の隣組の火事の時には、「ご苦労様です」って消防団の人たちにおにぎりを持って行ったのを知ってるよ。
「少なくて申し訳ないんだけどね」て、頭を下げてたでしょ。
おばあちゃんが頭をさげることないのにね。

なんだかさ、最近はやたらに「貢献」「貢献」て言われてて、国や会社に「貢献」できない人は、役立たずみたいに言われてる。
それもはっきりと形にしたり、数字にしなければダメみたいで、たとえば、そのおばあちゃんのような家の近くをきれいにしてるとか、他のがんばってる人のためにちょっと手助けしたりする人は、その時には感謝されてもすぐに忘れられてるみたい。
それでね、そうやって忘れられやすい人が、もう自分はみなさんの足手まといにしかなれないからと町内会から出ようとしている。
この隣組の道にゴミが落ちてないとしたら、それはゴミを捨てる人がいないからじゃなくて、おばあちゃんみたいにゴミを拾う人がいるからなんだよね。
なんとかならないのかなぁ。
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